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敷金返還を巡るトラブルのなかで、入居者が不正な敷金請求をしてくる場合があります。この場合、大家としてどのように対応するべきかを解説します。弁護士の視点から、適切な対応策や法的な対処方法について詳しく紹介します。

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不当な要求の種類とその実例

最も多いのは、「すべて経年劣化だ。1円も払わない」「クロスの汚れは“味”だから、請求は違法だ」などと、一切の負担を拒むような過剰な主張です。特に近年、原状回復ガイドラインが示されたことで、経年劣化は大家側の負担であると広く認識されるようになりました。その認識自体はよいことですが、それを曲解して、「経年劣化と主張すればよい。全額負担しなくてもよいのだ」といった誤った情報も拡散しているのが現状です。

 

このようなケースに対応するために、大家側としては、原状回復ガイドラインの要点を理解し、賃借人に説明しておく必要があります。本来は賃貸管理会社が説明すべき部分ですが、まだ実務的な理解が十分でない場合もあるため、大家自身も賃貸管理会社に任せきりにするのではなく、不当な要求に対抗できるように備えておくことが重要です。

 

ここでいう原状回復ガイドラインの要点とは、経年劣化によって原状回復費用のすべてを請求できるわけではないものの、賃借人に請求できる金額も明確に定められている、ということを認識すべきだということです。詳細については、ガイドラインを個別のケースに合わせて適用する必要があります。クリーニング費用は賃借人に請求してよいことや、通常の使用を超える破損については、経年劣化分を減価償却費から差し引いて請求してよいことなど、少なくとも大家側も要点を把握しておく必要があるでしょう。また、具体的なトラブルが発生した場合には、自身でも原状回復ガイドラインを確認し、賃借人の要求や賃貸管理会社の意見が妥当なものかどうかを検証できるようにしておくことが大切です。

 

他にも、「契約時にこの特約は説明されなかった」「そもそも入居時から汚れていた」など、事実に反する主張によって請求額の減額を求めるケースがあります。入居前の写真がある場合はまだよいです。しかし、何も残っていないにもかかわらず、「いや、こうだったはずだ!」と証拠を示さずに、怒鳴ったり、ごねたりする人も少なくありません。

 

このようなケースも近年増加しているため、賃貸管理会社としては、室内の写真を詳細に記録しておくことが重要です。何も記録がないと、ごね得を許すことになりかねないため、できるかぎり写真を撮影して保存しておくとよいでしょう。記録する際には、撮影日時を保存しておくことが重要ですが、最近では、撮影すれば撮影日が自動的に保存されるはずです。

 

写真を残していても、トラブルは発生します。たとえば、「これは入居前にはなかった破損だが、引っ越し業者が傷つけた」「家電の運び込みの際に業者がつけた傷だ」と主張するケースです。しかし、これらの主張の場合、あくまで賃借人が依頼した業者による破損であるため、少なくとも大家との関係では賃借人が責任を負うべきもの。引っ越し業者や家電業者は、賃借人が依頼した以上、法的には賃借人の「履行補助者」という立場になり、外部の業者であっても、賃借人が責任を負うべきものとなります。ただし、仲介会社や賃貸管理会社が「傷つけたのだ!」と主張してきた場合には、賃借人が依頼した業者ではなくなるため、当時の状況からあり得るのか、ケースバイケースで残っている証拠に基づいて判断するしかありません。

 

また、近年、不当な要求の類型として、SNSや口コミによる“外圧”戦術も見られるようになってきました。つまり、「返還に応じないならSNSで晒す」といった脅しです。SNS等の発達によって拡散した情報を収拾することが困難な現状がありますが、そのようなことをされた場合には、「情報開示請求を徹底的に行い、裁判所を利用して損害賠償請求を行う」という毅然とした態度で対応する必要があります。

裁判に発展する前の状況判断

原状回復ガイドライン、写真、LINE・メール等の連絡履歴などを確認し、また、賃貸管理会社と相談しても解決しない場合には、早めに弁護士に相談することが望ましいでしょう。意外と知られていないことですが、「教科書的に正しいこと」が、必ずしも教科書通りに進むとは限りません。裁判に発展した場合には、法的な内容とは異なる場面で、原告になるか、被告になるか、相手方の財産回収可能性など、内容面以外の周辺事情によって有利不利が大きく変わるケースもあるためです。

 

裁判は、国民間の紛争を最終的に解決するための制度であり、大家側の経済的事情、手続きにかかる費用、精神的な負担などを考慮して柔軟に解決してくれるものではありません。そのため、多少譲歩してでも早期解決を図ったり、納得できなくても相手の主張を一部受け入れて早期和解したりするなど、状況を見極めて適切に対応することが大家業には不可欠です。このような状況判断ができる専門家に相談することが、トラブルを小さいうちに解決するための重要なポイントといえるでしょう。

 

<執筆者>

山村 暢彦

弁護士法人 山村法律事務所

代表弁護士

実家の不動産・相続トラブルをきっかけに弁護士を志し、現在も不動産法務に注力する。日々業務に励む中で「法律トラブルは、悪くなっても気づかない」という想いが強くなり、昨今では、FMラジオ出演、セミナー講師等にも力を入れ、不動産・相続トラブルを減らすため、情報発信も積極的に行っている。 数年前より「不動産に強い」との評判から、「不動産相続」業務が急増している。税理士・司法書士等の他士業や不動産会社から、複雑な相続業務の依頼が多い。遺産分割調停・審判に加え、遺言書無効確認訴訟、遺産確認の訴え、財産使い込みの不当利得返還請求訴訟など、相続関連の特殊訴訟の対応件数も豊富。 相続開始直後や、事前の相続対策の相談も増えており、「できる限り揉めずに、早期に解決する」ことを信条とする。また、相続税に強い税理士、民事信託に強い司法書士、裁判所鑑定をこなす不動産鑑定士等の専門家とも連携し、弁護士の枠内だけにとどまらない解決策、予防策を提案できる。 クライアントからは「相談しやすい」「いい意味で、弁護士らしくない」とのコメントが多い。不動産・相続関連のトラブルについて、解決策を自分ごとのように提案できることが何よりの喜び。 現在は、弁護士法人化し、所属弁護士数が3名となり、事務所総数6名体制。不動産・建設・相続・事業承継と分野ごとに専門担当弁護士を育成し、より不動産・相続関連分野の特化型事務所へ。2020年4月の独立開業後、1年で法人化、2年で弁護士数3名へと、その成長速度から、関連士業へと向けた士業事務所経営セミナーなどの対応経験もあり。